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ピークハントのすすめ

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どうも最近考えがうまくまとまらないのはものを書いてないからじゃないかという気がしてきた。 ひとまず今年の冬山行をいくつか、とりとめもなく書いてみます。 冬始めの年末年始。 もともとは屏風を登って穂高東壁に継続なんかを考えていたけど、あまりにも天気が悪いので上高地ベースで知らない壁を登ってみることに。 まずは小梨平からすぐ真南に見える六百山。なにが六百なのかはわからない。七や八なら縁起がいいけど、六というのはどこか不吉な感じもしてそそられる。 河童橋の裏から沢を詰め、地形図で背骨みたいにゴツゴツしている尾根にいってみた。 ぶっ立ちの薮壁を木の根にデッドしながら数ピッチ登ると、いかつい上部岩壁が出現。ここは色々楽しいラインが取れそうだった。 夕暮れが迫っていたので短くもイカした凹角を選び、アックス片腕キャンパムーブなんかを披露して山頂に着くあたりでちょうど日没。クライミング界のお笑い担当兼詩人である相方とガッシリ握手して(してなかったかも)下山開始。下りは小梨平までまっすぐ滑落すれば一瞬だった。 セクシー上部岩壁 大晦日はゴウゴウと吹き荒れる上高地で年末詣なんかしながらのんびり過ごし、正月の朝イチから八右衛門沢へ。これまた小梨平至近、六百山のすぐ隣で大量のケムシを提供するエロ地形。詳細は富山を起点とする伝説的ブログを参照ください。 件のブログでも触れられている三本槍沢に行ってみようかと話していたが、空が白んで八右衛門沢の奥にやらしい壁が見えてきた。その艶かしさに誰が抗うことができようか。(いや、できまい) 小一時間沢を詰め、前衛壁の岩稜左手に展開されるルンゼ状の壁に取り付く。 冬壁はいつもそうだけど、登ってみると想像していたよりずっと悪い。そしてやたら寒い。核心ピッチは見た目こそフサフサのくせにどこぞの波平並みに毛根弱く、薄らさみしい草付きにアックスを引っかけていく。ここは詩人の2時間に及ぶファインプレー炸裂。フォローしながら自分がリードじゃなくて心底ほっとした。 僕は楽しいピッチだけごちそうになり、真っ暗になってからやたらに細いコルを整地して幕営した。外張りを担いできたくせになぜが面倒くさがってスケスケのインナーウォールだけで寝たためか、バカみたいに寒かった。ほんとバカみたい。でもそんなところも好き。 翌日もまだまだと攻め立ててくる勃起地形をあの手この手でやりすごし、...

ビアフォ氷河は動きすぎない

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  ここはパキスタン、カラコルムのBiafo氷河沿岸、BC・バインダーブラック。悠々と流れる時間の中、モレーン上のお気に入りの岩に座って、千葉雅也のドゥルーズ論「動きすぎてはいけない」とじっくり向き合っている。  ひと月半の間、インターネットの世界から離脱する。現代人にとってはちょっとした一大事だ。しかしこの場所に退屈するようなことはない。氷河の対岸には剣山のごとくツンと尖った山々が連なり、夕暮れ時に草原の広がる丘を上がれば、文字通り天を衝くようなとてつもない質量を誇る花崗岩の塊が黄金色に輝きはじめる。あの山のどこを、どうやって登ろうかと思い巡らせれば、いつまでも見飽きることはない。ベースキャンプにはゴツゴツした小高い丘から小川が届き、白い岩の急斜面から麓へ行くにつれて草花が広がり緑のグラデーションを見せている。辺りには程よい大きさのボルダーがいくつも転がっていて、晴れている限り夢中になって石ころ登りに興じる。手ごろな下地の大岩を見つけると魔女的な目付きで近寄って眺めまわし、考えられる限りあらゆるラインを登りまくっては次なるボルダーを探す。雨降りの日にはテントを叩く雨粒の音を聴きながら本を読んだり絵を描いたりしてゆったりと過ごす。これ以上に贅沢な暮らしが想像できるだろうか。    僕はいま、つながりすぎる世界からの一時的な離脱を享受している。 仲間と話すことは、過去の記憶と少し先のこと。 意味があるのは、半径数kmの事情と海の向こうの大事な人たちだけ。 現在は僕らだけのもの。 社会から切り離され、草木や山、岩や雲とつながっていく。  この場所に来て、失われていた視界が少しずつ光を取り戻してきている。僕は気がついていなかった。世界中の「いま」が見えすぎて、この自分の、まさに目の前の「いま」を享受できていなかったこと。過去から未来への連続性を意識しすぎて、「いま」この瞬間を感知できていなかったこと。  それをはっきりと教えてくれたのは、ベースキャンプでの石ころ登りだ。これまでいかに、「何級なのに」や「この前はもっとできたのに」などという不埒な考えが邪魔をしていたことか。ここへきて、岩登りの楽しさが立ちなおってきている。グレードも過去も必要ないありのままの石ころを気の向くままに攀じり、ただひたすらに夢中になっている。そして欲望が立ちなおってきている。自己肯定や大きな目標に...

バーカーの名文を訳して

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『Rock&Snow』107号に、ジョン・バーカーがAlpinistに寄せた記事の拙訳を掲載してもらい、しばらくして数人から「読んだよ」と声を掛けていただいた。まさに彼らのようなクライマーに読んでほしいと願いながらたった4ページ分の文章に馬鹿みたいな時間をかけて翻訳していたので、報われたようなホッとした気持ちと、もっと上手く訳せたはずだという後ろめたさもあった。ありがたい感想と共に、「どうしてこの文章を訳そうと思ったのか?」という質問を多くいただいた。 バーカーの記事を見つけたのはまったくの偶然だった。 2009年4月に発行された『Alpinist 26』は、岩と雪やロクスノのバックナンバーに紛れて、ポツンと職場の本棚に置かれていた。不思議に思って手に取って開いてみると、ギリギリボーイズがアラスカで暴れまわったときの記録が特集されている。なるほどこれが理由か。さらにぱらぱらとページをめくると、「Bachar-Yerian」の記事に目が留まった。それがヨセミテにあるルート名だということもすぐには分からず、なんの気もなしに読みはじめてみると、その文体にたちまち引き込まれてしまった。一読して筆者を知り、もう一度じっくりと読んで、自然とこの文章を翻訳してみようと思い立った。 バーカーは30年近く前のその登攀を思い出しながら筆を走らせたのだろう。この文を綴った数ヶ月後、彼はマンモスレイク近郊でフリーソロ中に亡くなってしまった。 ジョン・バーカーという名は、日本のフリークライミングの興りについて語られるとき必ず出会う名前だ。1980年に刊行された『岩と雪』72号でMidnight Lightningを登る氏のグラビア写真が話題となり、いわゆる「バーカーショック」と呼ばれるセンセーションが巻き起こったという話も有名だ。それ以外にも様々な書籍や『Valley Uprising』などの映画でたびたび目にして耳にしていた名前だが、1997年生まれの僕にとっては歴史上の偉人でしかなかった。 僕がクライミングに出会ったころにはすでにこの世の人ではなく、現代に語られるバーカーの逸話や伝説は「むかしむかしあるところに...」で始まり、いつも盛大な拍手とため息で締めくくられている。たしかにとてつもない人物だということは分かるのだが、どこか違う世界に住む、別の死生観をもったエイリアンだった。 『岩...

百草丸

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2025年は記憶にないほど 冬らしい冬がきた。各地で雪が降りつづき、氷柱は大きく発達して厳冬期はその威厳を取り戻していた。 スキーヤーは歓喜して斜面にくりだし、クライマーは狂ったように壁に取り付いた。今年の米子大瀑布も当然、アイスクライマーたちで賑わった。例年はハードルの高い「正露丸」や「どぜうの詩」も続々と登りこまれ、アックスを叩き込んだ跡が途絶えなかった。 長く続いた冷え込みが終わりを告げるようにグッと気温を上げた2月の中頃、僕は地面に届いていない黄色い氷柱を見上げていた。わずかに東を向いているこの壁には朝日が注ぎ、上空をぬるい風が吹き抜けると、スノーシャワー(というより落雪というほうがしっくりくる)が次々と投下される。 credit:Suguru Takayanagi 今年は経験値、登攀力ともに自分よりもずっと上のクライマーと登ることが多い。おのずと登る対象は先輩の見出したものとなり、あとをついていくような形になる。 「百草丸」もスーパーアルパインクライマー(TKさん)の課題であり、僕のものではなかった。 5.10cの冬壁? 巨大な氷柱の真横で、クラックに素手でジャミングだって? そんな代物、自分にはまだ早いと思っていた。でもこうして温かい日差しの中で実物を見上げてみると、頭が勝手に作り上げていた余計な威圧感はなかった。 とはいえこれは自分の課題ではない。核心の岩パートはTKさん、僕は氷のピッチをいただいた。 出だしの凹角に乗った雪は 今朝の日差しで急激に腐りはじめていて、除雪が一苦労だ。 上から落雪が発射されるたびに「ラーック」と叫ぶのがビレイヤーの役目だった。 中間のテラスで短めにピッチを切り、カムを受け渡す。ここからが核心。 ユースケさんたちが初登時にたどった右のクラックにはベルグラが張っていてジャミングが効かない。気を取り直して雪が詰まった左のコーナークラックを登り出すTKさん。一度スメアしていたアイゼンが抜けてあわやと思ったが、咆哮ひとつ、なんとか耐えて登り切った。 プロテクションも適度にとれて、純粋にクライミングとしてかなり楽しいラインだとフォローながら感じた。 これで核心は足元にした。次のトラバースはⅣ級と聞いているし、氷で落ちることはあるまい。 もっとも氷柱までの数十メートルは雪に覆われていて判然としない。 TKさんがジリジリと左へ進んでいくが...

なにもする気が起きない

なんだか頭がどんより重い 最近空を黄色く濁らせてるあれのせいか 走ったり登りにいく気分でもないし、本を開いてもなにも入ってこない なにもする気がおきない うーん、料理でもするか レシピ見るのはめんどくさいから、少ないレパートリーのなかから何か作ろう 冷蔵庫を開けると、豆腐と油揚げ 野菜かごをのぞくと、ナスとエノキと人参が半分 とりあえず鰹節と水を鍋に入れて、IHのボタンを押す。ぐつぐつ沸くまでエノキを切る。油揚げを切る。ザクザク 出汁つゆを注ぎ、バラバラになった具材を無造作に入れる。エノキが一本こぼれ落ちる 豆腐を絞って、てのひらの上で井の字を描いたら鍋の中へ。お湯がはねてあぶない オタマ半分の味噌を取り、火を止めて箸でカチャカチャ。 蓋をして、ホッと一息 そういえば冷凍庫に鹿肉があったな 北海道の森の中に響く、二発のハーフライフルの暴力的な音。一歳のオスとメス。喉元にナイフを入れると、熱い血が雪面に小さな深い穴をあける。さっきまで生きていた瞳がいつのまにか濁ったビー玉になっている。魂が抜けた。 雪の上で解体するのは初めてだ。内臓から湯気がたちのぼり、冷えた手に血流が戻ってくる。みんなで皮を剥ぎ関節を外していくと、みるみるうちにバラバラになる。汗を流しながら穴を掘って、頭と背骨と毛皮だけになったシカを埋めた。 ビニール袋に包み、チルド便で山梨県に送られてこの冷凍庫にやってきた太ももの肉 ちょっと解凍してきた表面を包丁でこそぎ取っていく。溜まった肉片を、出刃包丁とナタで叩き切る。ダダダダダン、ダダダダダン カセットコンロにスキレットをのせて、ツマミをひねる。カチッと鳴って、ボボボッという音で炎がつく。IHを全部ガスコンロに替えたいといつも思っているけど、調べたことはない 花椒の粒を入れて、パチパチいうまで炒る。スキレットを振る手首がつらい。カリカリになったスパイスを入念にゴリゴリ潰すと、部屋中にピリッとした香りがたちこめる 茄子をさっと炒めて取り出したら、オリーブオイルをひきなおして、豆板醤とミンチにした鹿肉を入れる。 ここからは忙しい。擂ったニンニクと生姜、粉になった花椒を入れ、香りがたったら豆腐を... あ、豆腐の水を切り忘れてた。 火を止めて、豆腐をチンしてバタバタと水を抜く。 気を取り直してコンロのつまみをひねり、豆腐と溶いた片栗粉を流し込む。グツグツしたら火...

訂正とか習合とか

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チームプレーや勝ち負けにどこか虚しさを感じて、大学でふらっと入った山岳部からはじまった山登りと岩登り。それから飽きることなく続けている、というか気づけば人生の中心となっていたこの行為にはどんな意味があるのだろう?山の中ではまわりの自然と自分に真摯でありたいというこの切実さはどこからくるのだろう? そんなことごちゃごちゃ考えていないでただがむしゃらに登ればいいんだ、と思う自分もいるのだが、ほとんど意味のないような山登り、意味のないような人の生に思いめぐらせてみることになんとも言えない趣を感じるというか、そうせざるを得ないようなところがある。 2025年は面白い本との出会いがたくさん このよろこびを忘れないうちにしたためておかなければ。     とりわけ大きな出会いは、内田樹と釈徹宗の「日本宗教のクセ」という一冊。 本屋をぶらぶら、ふと目に入ってなにげなく手に取ったこの一冊から、少しずつ世界が広がりはじめた感覚があってなんだかワクワク。 大好きな人の本棚に何冊か並んでいた内田樹という名前に、 「うちだ、き...?」 と思ってなんとなく頭の片隅に残っていたことがこの本と出会ったキッカケというのも嬉しい。 「日本宗教のクセ」は二人の対話を文章に書き起こしたもので、「習合」をキーワードに、外から来た新しい概念をやんわりと取り込んでいく日本をゆるく語っていく。 仏教や神道に前から興味はあったが、なかなか複雑な上にデリケートで手を出せないと思っていた。でも本当はもっと人々の生活に根ざしたもので、それぞれの時代や場所で都合よく解釈されて信仰されてきたのだと分かると急に親しみが湧いてくる。 この本と出会う少し前に、東浩紀の「訂正可能性の哲学」を読んだ。 過去を書き換えるのではなく、過去の出来事を再解釈して現在を見つめなおす「訂正」という力がもつ魅力。 この2冊が自分の中で交差して、ぼんやりしていた輪郭がかたちを成しはじめてきた。 日本に仏教が入ってきたとき、土着の信仰である神道の神様は 実は仏様の化身だったのだ として神仏習合させた本地垂迹説なんて、まさに「訂正」そのものではないか。 それからこんなことを思いついた。 アルパインクライミングを密教や修験道と「習合」させて、いま自分が熱を上げている山登りを、古来から脈々と受け継がれてきたものと接続して「訂正」できないだ...

寒くて熱い

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 冬壁7年目?にして初めての明神岳2263峰を訪れた。 パートナーは、おそらく2023年のヒマラヤで最も強烈なクライミングをしたであろう(なのにあまりメディアに取り上げられなかった)Kさん。 強い寒気が入りまとまった降雪がある予報だったので、雪崩リスクが一番低いと思われる南壁で二日間遊ぶ。初日は一番右の巨大なジェードル。冬期クライミング本の「南壁右大ジェードルルート」と思って取り付いたが、残置もなければ体感グレードはかけ離れているし、どうやら違うようだ。 雪のルンゼを詰めて立木まで一ピッチロープを伸ばすと実質クライミングスタート。浅い凹角状に生えた草付きをつないでまっすぐ上がる楽しいピッチ。なるほどここは明神、噂通りプロテクションはあまりとれない。欲張って60m近く伸ばしていま一つのところでアンカーを作る。岩が脆くて体重をかけるのをためらうような感じで、もう一段下でピッチを切ればよかった。 次のピッチはKさんの番。 真上は凹角が張り出してルーフ状になっているので、左のスラブに出て上がっていく。優しく正確なフッキングと足置きにほれぼれする。小指くらいの灌木にスリングを巻き、なんとも言えないカムを一つきめて見るからに際どいムーブで着実に登っている。この辺りから急速に天候が荒れはじめ、風が強さを増していく。Kさんが視界から消えて少しすると、ロープが止まった。雪をまとった白い爆風がジェードル内で渦を巻く。なにかあったんじゃないかと不安になりかけると、わずかにロープが動く、その繰り返し。どれぐらいたったか、強烈な寒さで手足が麻痺してきたころ、風音に交じって獣のような哮りとガチャの揺れる音が聞こえ、頭サイズの石が降ってきた。ビレイする手を握って身構えたが、どうやらKさんは耐えたようだ。その後も細かい落石を散らしながらちょっとずつロープが流れていき、やがてするするとロープが引かれて無事に悪場を抜けたことを悟る。 フォローしてみて、プロテクションの貧弱さと岩の脆さに愕然とした。そのうえおそろしくデリケートなフッキングが連続し、最後には崩れかけの小ルーフ越えが待っていた(実際フォローののっこしムーブでリップに膝をのせたら、ルーフが半分くらい崩れた...)。しかもこの風である。ほとんど立っているのもやっとという突風が、クライマーを上下左右からひっきりなしに振り落とそうとしていた...