百草丸

2025年は記憶にないほど冬らしい冬がきた。各地で雪が降りつづき、氷柱は大きく発達して厳冬期はその威厳を取り戻していた。

スキーヤーは歓喜して斜面にくりだし、クライマーは狂ったように壁に取り付いた。今年の米子大瀑布も当然、アイスクライマーたちで賑わった。例年はハードルの高い「正露丸」や「どぜうの詩」も続々と登りこまれ、アックスを叩き込んだ跡が途絶えなかった。

長く続いた冷え込みが終わりを告げるようにグッと気温を上げた2月の中頃、僕は地面に届いていない黄色い氷柱を見上げていた。わずかに東を向いているこの壁には朝日が注ぎ、上空をぬるい風が吹き抜けると、スノーシャワー(というより落雪というほうがしっくりくる)が次々と投下される。

credit:Suguru Takayanagi



今年は経験値、登攀力ともに自分よりもずっと上のクライマーと登ることが多い。おのずと登る対象は先輩の見出したものとなり、あとをついていくような形になる。

「百草丸」もスーパーアルパインクライマー(TKさん)の課題であり、僕のものではなかった。

5.10cの冬壁?

巨大な氷柱の真横で、クラックに素手でジャミングだって?

そんな代物、自分にはまだ早いと思っていた。でもこうして温かい日差しの中で実物を見上げてみると、頭が勝手に作り上げていた余計な威圧感はなかった。

とはいえこれは自分の課題ではない。核心の岩パートはTKさん、僕は氷のピッチをいただいた。


出だしの凹角に乗った雪は今朝の日差しで急激に腐りはじめていて、除雪が一苦労だ。

上から落雪が発射されるたびに「ラーック」と叫ぶのがビレイヤーの役目だった。


中間のテラスで短めにピッチを切り、カムを受け渡す。ここからが核心。


ユースケさんたちが初登時にたどった右のクラックにはベルグラが張っていてジャミングが効かない。気を取り直して雪が詰まった左のコーナークラックを登り出すTKさん。一度スメアしていたアイゼンが抜けてあわやと思ったが、咆哮ひとつ、なんとか耐えて登り切った。

プロテクションも適度にとれて、純粋にクライミングとしてかなり楽しいラインだとフォローながら感じた。


これで核心は足元にした。次のトラバースはⅣ級と聞いているし、氷で落ちることはあるまい。

もっとも氷柱までの数十メートルは雪に覆われていて判然としない。

TKさんがジリジリと左へ進んでいくが、支持力のない雪のかたまりをいくら落としてもクラックもまともなホールドも現れない。心許ないランナーから少しずつ遠ざかり、泥臭く緊張した登攀が続く。簡単そうに見えたラスト数メートルのクライムダウンは、ステップを期待して踏んだ雪が無情にも全て崩れ落ちると、ただのスラブとなった。おそるおそる腰を落とし、歯を食いしばるように下っていくTKさんをビレイしながら、当然生じるべき懸念が僕の頭の中を占める。

これ、フォローで落ちたらまずいな...


なんとか氷柱にたどり着き、スクリューで強固なアンカーを作ってくれたとはいえ、中間支点はどう見ても怪しいものばかり。クライムダウンが始まる中間部までフォローすると、TKさんが苦労して打ち込んでいたイボイノシシが深く刺さっている。 

これを残していけばまだ...

壁にギアを残すことに強い抵抗感があるが、斜め上にランナウトした状態でのこのクライムダウンはリスクが高すぎると判断した。結局、フォールすることなくビレイ点に合流できたいま、この判断が正しかったかどうかは分からない。それでもやはり、フォローに1時間近く費やすほどには緊張感のあるセクションだった。


後になって初登時の写真を見てみると、そこは見事に氷が繋がっていた。しかしその面影すらないスラブにも、なんとか騙すことができる手帳ほどのサイズの草付きがいくつか壁にしがみつき、たしかに自然の恵みが僕らを導いていた。


すでに15時近くなっていたが、残るは真上に伸びる氷柱のみ。流れ出す鉄分や硫黄のせいか黄色く染まった氷柱を見上げ、キハダを主成分とする百草丸というネーミングの妙に改めて感銘を受ける。今年は凹角状になっていて登りやすそうだ。ここまでのクライミングで、恐怖から強く打ち込みすぎたピックは悲しいほど丸くなっていた。先週の登り込みで分かったようになっていたアイスクライミングも、シーズン初めのようなぎこちないスイングと強烈なパンプを味わう始末。それでもなんとか50mを登り切り、半円劇場のような硫黄鉱山跡が暮れてゆく光景を眺めた。


ふと、数年前にTKさんを含む3人で初の米子に来たときのことを思い起こす。まともなアイスは初めてだったのに(しかもそう伝えていたにもかかわらず)、ジャンケンで勝った自分は黒滝の1p目をリードすることになった。訳のわからぬまま氷にしがみつき、死ぬ気で10mほど登ってテラスに這い上がってピッチを切った。続く垂直部をもう一人のパートナーが登り始めたかと思うと、ノミックを吹き飛ばして豪快にフォールしたのだ。


それから米子を遠くに見ていた自分が、いま百草丸を足元にして抱く感情は「嫉妬」だった。

この氷を見上げ、ラインを描き切った初登者への嫉妬。


2023年にジャヌー北壁を登ったジャクソン・マーベルのトークイベントで、坂下さんが三木清について語っていた。

三木の「人生論ノート」には、嫉妬という感情への深い洞察が書かれている。

「嫉妬は自分よりも高い地位にある者、自分よりも幸福な状態にある者に對して起る。だがその差異が絶對的でなく、自分も彼のやうになり得ると考へられることが必要である。」


憧れだったルートたち、初登攀者たちに、いま嫉妬できるようになった自分がいる。

credit:Suguru Takayanagi


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