寒くて熱い

 冬壁7年目?にして初めての明神岳2263峰を訪れた。

パートナーは、おそらく2023年のヒマラヤで最も強烈なクライミングをしたであろう(なのにあまりメディアに取り上げられなかった)Kさん。


強い寒気が入りまとまった降雪がある予報だったので、雪崩リスクが一番低いと思われる南壁で二日間遊ぶ。初日は一番右の巨大なジェードル。冬期クライミング本の「南壁右大ジェードルルート」と思って取り付いたが、残置もなければ体感グレードはかけ離れているし、どうやら違うようだ。

雪のルンゼを詰めて立木まで一ピッチロープを伸ばすと実質クライミングスタート。浅い凹角状に生えた草付きをつないでまっすぐ上がる楽しいピッチ。なるほどここは明神、噂通りプロテクションはあまりとれない。欲張って60m近く伸ばしていま一つのところでアンカーを作る。岩が脆くて体重をかけるのをためらうような感じで、もう一段下でピッチを切ればよかった。


次のピッチはKさんの番。

真上は凹角が張り出してルーフ状になっているので、左のスラブに出て上がっていく。優しく正確なフッキングと足置きにほれぼれする。小指くらいの灌木にスリングを巻き、なんとも言えないカムを一つきめて見るからに際どいムーブで着実に登っている。この辺りから急速に天候が荒れはじめ、風が強さを増していく。Kさんが視界から消えて少しすると、ロープが止まった。雪をまとった白い爆風がジェードル内で渦を巻く。なにかあったんじゃないかと不安になりかけると、わずかにロープが動く、その繰り返し。どれぐらいたったか、強烈な寒さで手足が麻痺してきたころ、風音に交じって獣のような哮りとガチャの揺れる音が聞こえ、頭サイズの石が降ってきた。ビレイする手を握って身構えたが、どうやらKさんは耐えたようだ。その後も細かい落石を散らしながらちょっとずつロープが流れていき、やがてするするとロープが引かれて無事に悪場を抜けたことを悟る。

フォローしてみて、プロテクションの貧弱さと岩の脆さに愕然とした。そのうえおそろしくデリケートなフッキングが連続し、最後には崩れかけの小ルーフ越えが待っていた(実際フォローののっこしムーブでリップに膝をのせたら、ルーフが半分くらい崩れた...)。しかもこの風である。ほとんど立っているのもやっとという突風が、クライマーを上下左右からひっきりなしに振り落とそうとしていた。

こんなものは今の自分にはリードできない、そう思ってしまった。敗退もできないこのピッチを俺がリードしていたら、ビレイヤーもろとも吹き飛んで山の一部となっていたかもしれない。フォローでお腹いっぱいだったが、Kさんは前衛壁に継続する気満々だった。

Kさんについていかなければという一心で前衛壁を登ったが(登れば楽しいのだけど)、取り付きに降りたつと「まだ暗くなってないけどあがりでいい?」とKさん。いや、もうわたしはへとへとです...。


二日目は南壁の右に行ってみるつもりが、凹角に吸い込まれて気づけば中央ガリーを登っていた。草付きからチムニーにちょっとした氷柱も出てくる楽しい一ピッチ目に、ニピッチ目はカムもばっちりでいかにもフリークライミングといった岩セクションからベルグラの続くルンゼ状を辿る五つ星ラインだった。

さすがに風の暴走が止まらず、上部岩壁は割愛して下山。帰りの長い林道ではお互いにすこし親しさが増していた気がする。

それでもぼそぼそと会話する言葉の端々に、彼の熱いものをひしひし感じる。


技術の差はいわずもがな、冬壁と対峙する姿勢の違いを見せつけられてしまった。

初めてのエリアで初めてのパートナーと登るのだし楽しもうと思って来たが、彼とは「楽しむ」の言葉の意味が違った。

この人に失望されたくないと思った。


最近スタイルとはなにかをよく考えていて、年末に一つの結論らしきものが出た。

スタイルは”体験”を最大化するために自分に課す重りで、スタイルそのものに価値があるわけじゃないということ。

これはまた別の機会にちゃんと整理したいが、例えば同じボルダーでもマット有りと無しじゃ登ったときに得られるものの大きさが違うが、ノーマットが恐ろしすぎて全然楽しめないとしたら得られるものも得られないでしょ、ということ。


と、いったんその答えに安住して、フリーもアルパインもボルダーもアイスも楽しんだもん勝ち!のマインドで遊んでいた。

でもこの日、Kさんの登りを見て、彼の目の光を見てその言葉を聞いて、何か大事なものを忘れている気がした。


アルパインってのはいのちを燃やすもんじゃないのか?

クライマーってのはいのち燃やして登るもんじゃないのか?


そう己に問うている自分がいることに気がついた。

中央ガリーの右にはケンシさんが初登したラインが怪しく光っていた。




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