DIRTBAG RADIO「女性初のV16」回 批評
遅ればせながら、直近の年末年始にかけて放送されたDIRTBAG RADIO 石松大晟さんゲスト回の「The Darkside (V16)」を聴いてモヤモヤしていたことをまとめました。
率直に言って、男女の二元論で語りすぎでは?と思ってしまった。
体のサイズ、体型、パワーの差は統計的な傾向として確かだが、もちろん背の低い男性、パワーのある女性もいる。そして男か女かという二択の振り分けからこぼれるクライマーも当然いる。ケイティに関していうと、彼女は165cmあるので身長だけ見れば小山田大と同じだし、最近Burden of Dreams V17を再登した山内誠も164cmだ。
クライミングの面白さはあくまで自分の限界に挑むことであり、それは年齢や性別に関わらず味わえる醍醐味だということはわかる。しかしクライミングが本当に老若男女を問わないものであるならば、女性でV17やV18の初登が出てもいいはずなのに、そうなっていない。
巷でも自明の理のように語られている「ボルダリングは男のほうが有利」という言説は果たして本当だろうか?パワー、瞬発力が必要なのであれば、例えば黒人のクライマーがもっと台頭してもいいはずだ。だが現状として岩場の最前線で活躍する黒人クライマーが少ないのは、社会的に余裕が生まれにくい環境や社会通念があるからではないか?
女性がV16を登ることがすごい!という短絡的な感想こそが、女性は男性よりも登れない、という固定観念の上にある。とりわけ世界最難レベルの課題を前にしたとき、女性や黒人にはその壁の上に「見えない壁」が、あるいは+V1や2の精神的グレードが付与されるのではないか。
ケイティは「女性不利」という社会通念や人々の視線を打ち破ってThe Dark Sideを完登したことがすごいのであって、背が低く力もない「女性なのに」登れた、という評価は不当だ。
(そういえばこの前小川山で小さな子供が、ほとんどの大人の男性には通過不可能な狭いトンネルを初登していたけど、これはいったいVいくつになるんだろう?)
ジムでの男女差はこのポッドキャストでも軽く触れられていたように、競技人口からしても男性客の方が多いというマーケティングの問題、それからセッターの多くが男性という背景がある。
ジムの課題に対して想定よりもリーチが足らない人が遠いホールドに文句を言うのは、セクシズムが色濃く残留するその社会的空間に対する抗議の声なのではないか。キッズ課題以外で身長が低い人向けのラインがあまりにも少ないという「現実」とそういう人たちもグレードを正当に体感しながら限界に挑戦できる場が欲しいという「理想」に折り合いをつける必要など無いほうが喜ばしいはずではないか。
この状況は程度の差こそあれ岩場にもスライドして当てはめることができる。たしかに女性クライマーは以前よりも増えているかもしれないが、こと開拓となるとガイドブックを見てもその男女比はかなり大きい。
岩場の開拓となればジムのようにマーケティングや顧客のことを考える必要はなく、主に自分が登るためにルートを拓くわけなので、160cm代後半以上のクライマーが初登したラインが多ければ必然的に男性優位のライン(と男性的なグレード感)が多くなる。
ではなぜ開拓をするクライマーの男女の数にこんなにも乖離があるのか、あくまで男性である自分の印象で考えてみよう。
まずクライマーはどのように開拓と出会うのか。僕の場合はカラファテ川上店で働きはじめたことで北杜のクライミングコミュニティに入り、そこで出会った開拓経験豊富なクライマーたちから多くを教わった。おそらく主流は地元のジム→地域のクライミングコミュニティ参入→開拓中のエリアへ同行→自分で開拓、といった流れだろうか。上にあげた全ての矢印において、女性は男性よりも高いハードルを感じていることと予想する。そして苦労して最後の矢印まで来ても、道具やボルトにもそれなりのお金がかかるうえ、開拓には掃除やボルト打ちなど実際に登る以外の作業に多くの時間が費やされる。いまの日本社会で、趣味にそれだけの泥くさい時間をかけるというハードルはとりわけ女性には(周囲からの理解という点を含めて)相当なものだと思う。
1993年にリンヒルがThe Noseをフリー初登してから数十年経ったいまでも、「女性初」というタイトルが騒がれる状況にこそクライミングの文化としての未熟さが見られるのではないかと思ってしまう。誰かがV16を再登してもあまり驚かなくなったいま、女性が登ったというだけで「信じられない...!」と持ち上げすぎるのはどうなのだろう。
ケイティが当時V16だとされていたBox Therapyを登ったときすでに「見えない壁」を越えていたにも関わらず、およそ1ヶ月後にダウングレードされた途端に論争の渦に巻き込まれた。彼女のBox Therapyが「女性初のV16」か「それ以外」かという醜い論争はその文化的矮小さを端的に表している。
とはいえケイティ自身がリン・ヒルやベス・ロデンのMeltdown初登の記録に感化されてきたように、The Darksideの記録が歴史に残ることで女性クライマーたちの「見えない壁」を少しでも切り崩す手助けになることを願っていると、The Cutting Edge ポッドキャストで彼女は語っている。
クライミング界(自然界ではない)にたしかに存在する非対称性に本気で向き合っている女性クライマーがこの記録をどう受け取っているのかは興味がある。誤解されると困るが、女性の記録は女性が取り上げるべきだとは思ってない。(フェミニストがセクシズムを助長してしまうことだって珍しくない)ただ、大晟さんがこの登攀を選んだ必然性や思い入れはいまひとつ感じられなかった。「クライミング批評」を掲げるDirt Bag Radioであえて女性初のV16という記録を取り上げる以上は、やはりクライミングにおけるセクシズムやその歴史についてもっと切り込んでほしかった。
かくいう僕がゲストとして収録した回も、クライミングをやらない人にも理解してもらえるようにと分かりやすくした結果掘り下げきれず、多くの社会に通底するようなエッセンスまで到達できなかったという反省がないでもない。今後もダートバッグにはロクドクブとは別のしかたで新しいパースペクティブを獲得できるような深い会話を期待しています。
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