石ころ登り

 登喜男さんの手記を読んじまったら、これは登りに行かなきゃいかんでしょう。

Brave New World


実物は想像以上に巨大だった。出だしにしか付いていないチョークと薄緑色のスラブがさらに威圧感を増している。

マット無しでやる勇気はなく、とりあえず薄いパッド一枚持ってきたがどこに敷けばいいのか分からない。

駐車場であわよくばオンサイトしたい、と考えていた気持ちはいつの間にか消滅していた。

とにかくいけるところまでいってみよう。


一トライ目は出だしのダイクトラバースでとりあえず着地を確認。日当たり皆無の寒さも相まって手足が震えている。

二トライ目、縦のクラックを捉えてダイクに立ち上がるが、二段目に良いホールドが見つからず、飛び降りる。


まだ真ん中より下なのに膝や首への衝撃がすごい。次も同じところで落ちるが、着地の瞬間に転がって衝撃を少し逃がせることを確認。こういうのは地道に慣れていくしかないんだろう。俺にはまだ早いのかもしれない。

もし二段目のダイクを捉えて、その先で落ちたら、今の自分の着地スキルでは膝が逝く気がする。たかがボルダーでそんなリスクを負うべきなのか?

落ちるたびに、もう帰ろうと思った。怖い、寒い、帰りたい。でも、日の当たる向かいの岩に立ってしばらくラインを観察していると、もう一回だけやってみるかと、わずかな気力がにじみ出てくる。


もう一回だけ、そう思って登り始める。足位置を少し上げてみると、二段目を探る左手がかかりの良いホールドを捉えた。この先に進むべきか一瞬の躊躇があったが、気づくと右上を始めていた。もう戻れない。

ガバに立つと、さあ、ここでマントルしてみろ、と岩があからさまに訴えている。下を見ると、落ち葉が積もり、暗くて冷え切った地面が見える。マントルにしくじり、誰にも気づかれずに地面に横たわって冷たくなっていくイメージが強制的に脳内に流し込まれる。しまった、こんなところまで来るつもりはなかったのに...。

どれだけそこに立っていたか分からないが、かなり長いこと悩んでいた。右に降りればギリギリ着地できる高さまでクライムダウンできるかもしれない。でもここで降りたら悔しさに奥歯が磨り減っちまう。

適当に悪態をついてから深呼吸し、体勢を立て直せるラインを見極めつつ、少しずつ乗り込んでマントルを返した。

こんな簡単なムーブに何分もくよくよ迷っていたのかおのれは!しかし同時に自分が誇らしい。よくやったぞ。


まだ苔っぽいスラブが待っている上に、地面がさらに遠くなったわけだが、もはや落ちる気はしなかった。

奇跡的なホールドに導かれて岩の上まで駆け上がると、せき止められていた血流がぶわーっと全身に戻ってくるような感覚があり、視界が突然パッと開けた。

(まじか、これは、新世界だ...)


頭が痺れた状態で車に戻り、しばらく茫然としていた。

暖かい車の中でお湯を沸かしてラーメンを食べると、やっと落ち着いてきた。


たかがボルダー?いやいや、これはまさにビッグクライムの充実感そのものじゃないか!

ボルダリングもトラッドもアルパインも、同じことをしているだけだということにようやく気が付いた。

ただクライミングをしてるだけなんだ。

そんな当たり前のことを思い出して心が躍っていた。


コメント

このブログの人気の投稿

開拓クライマーへの苦言(if not 大言)

バーカーの名文を訳して

ビアフォ氷河は動きすぎない