ペルーアンデス③ 〜Quitaraju "Dream House"〜

インカの夜明け

Day4

 今日からは南東稜を辿る。風向きが関係しているのか、ここからはキノコが一段とデカくなりまたまた内容が一変するのが面白い。時にキノコの傘をくぐって裏に回り、時に傘に這い上がってその上を歩き、、。

そしてそいつは現れた。右には巻けず正面も登れそうにないので、雄大くんが左の南壁側を巻いていく。「ここが登れそう」とコールがかかりフォローしていくと、15m以上のスッキリとした雪氷の垂壁が現れた。「え、ここ登るの...?」と思わず口に出ていた。スクリューの決まる氷ならいざ知らず、見たところスナイス(スノー+アイス)で、特に抜け口はほぼ雪に見える。マントルでシュガースノーなんて最悪のシナリオだ。それでも果敢に登り出す雄大くん。前半はスムーズだが、あと2,3mというところで動きが止まる。やはり雪の割合が多くなってスクリューが甘そうだ。エイドに切り替えて、、とスクリューに加重した瞬間、雄大くんが叫び声を上げて宙を舞って降ってきた。一瞬これはヤバいフォールだと思ったが、10m近く落ちた雄大くんは少し足首を痛めながらも無事だった。


 スクリューが数本上に残っているし誰かが登らなきゃだが、うーんこれはしかし、、と思っていると、「俺がいくよ」と坪ちゃんが一言。おいおい、イケメンじゃないか...!「あ、でもその前にうんこしていい?」よく見れば緊張の面持ちをしていた。それはそうだ、あの特大フォールを見たら誰でもビビる。それでも坪ちゃんは有言実行で登り始めた。最後のスクリューから今度は右抜けをトライする。垂壁にスノーバーを打ち込むという奇妙な光景が展開され、ジリジリとエイドを交えて登っていき、やがてついに緊張のマントルを返した。やりやがった。スノーバー2本でアンカーを作ってくれたので、我々はユマール。傾斜が強く、タイブロック2つでのユマールは非常に疲れる。なんとか3人とも巨大キノコに乗り上げ、快適な寝床を手に入れた。とはいえ喉が痛くて快眠など不可能なのだが。

 いつの間にか坪ちゃんにものど風邪を移してしまったようだ。2人ともうまく声が出せず、ガラガラボーイズを名乗りたい。


え、ここ登るの...?





Day5

 徐々に明るみ出した景色の中で、山頂と思しきキノコが目に映る。見たところ謎を抱えたビッグ・マッシュルームは残る2体。はてさてこの山はどんな道を提示してくるのだろうか。

1体目は短くハングしたアルパインアイスを召喚した。ここは腕の見せどころ、と意気込んで登り出すが、幾重にも重なる薄い水平の氷の襞が行手を阻む。これを破壊しながら進むが、アックスを決めた巨大襞が根本から崩壊しフォールを喫する。小さな墜落だったので気を取り直してもう一度。今度は(ギリギリ)うまくいき、2体目まで順調にロープを伸ばす。今度は雄大くんのターン。右に長く巻いていくと上手い具合に氷のガリーが導いている。しかし山頂は隠れたもう1体が支配していた。最後の課題は、シュガースノーブリッジという恐ろしい代物だ。これを雄大くんがうまく騙して乗り越え、キノコの向こうへと消えた。ビレイ解除のコールでロープに引かれて登ると、山頂で彼が待っていた。笑顔のみんなと見渡す限りの素晴らしい景色。でも僕はといえば咳が止まらずしばらく何も見れず何も言えずだった。とにかく呼吸がつらい。




 ところでこの南東稜は1969年に3,4日かけて初登されているというのだからまったく頭が下がってしまう。当時からキノコたちは生まれ変わっているだろうが、彼らもへんてこな冒険をしたに違いない。


朝一、つかの間の平和な同時登攀



 さぁ、これから長い下りが待っている。山頂のマッシュルームは主稜線から5mほどのギャップがあり、一般ルート(北壁or西稜)に残ったトレースもその手前で諦めていた。そのギャップを懸垂で降り、順応で登った北壁の下降を開始する。気温が上がると落石/落氷が頻発するこのラインは、順応時に午後には降りたくないねという結論に達していたが、まさに昼過ぎに降り始める流れとなってしまった。落ちてくる雪やら石やらをアクロバティックに避けながら、びしゃびしゃの氷でのアバラコフ作りは困難を極めた。といっても僕は気楽な2番手に居座り、2人が作ってくれた支点で我が物顔でシュルシュルと降りてきただけだが...

まさに逃走劇という言葉がしっくりくる下降だった。すでに日は暮れかけていたがそのまま歩いて降り続け、標高6040m→4300mの芝生まで降り立った。怒涛の5日間だった



 翌日はスニーカーが快適なトレイルをダブルブーツで長々と歩いてBCに辿り着き、泥のように眠った。さらにその次の日はABCに残置したウェアやら靴やらを空荷で回収しに登ったのだが、無情な雨に降られてしまう。自分でも信じられないくらい疲労していたようで両足がしなしなのニラみたいに感じられてほとんど動かなくなってしまった。僕は途中でへたり込んで2人に上まで荷物を取ってきてもらうことになり、全く情けない限り。本当に感謝の言葉しかない。



 ルート名は"Dream House"とした。滞在したホステルからいただいた。英語の通じない無愛想なおばあちゃんが守る家族経営の宿。シャワーがぬるいことや近くのダンス教室がとてもうるさいこと、そして朝ごはんの時間に叩き起こされること以外は、宿泊費が安くてクライマーにおすすめの宿。各地へのアクセスが良く、入山時には荷物もタダで預かってくれる。成田くんたちが一昨年泊まっていたので利用したが、他にクライマーは誰もいなかった。というか宿泊客自体あまりにも少ない印象。これで少しは儲かるといいなぁ(ムリ)。


Dream House


 さてさて、今の僕らにできる理想的な形で、この美しいラインが登れたように思う。個人的には咳やら体力不足やらで会心の登山と言うわけにはいかなかったが、なんだかんだで毎日楽しむことができた。クルティカの言う"the art of suffering"は分からなかったが、せっせと山を続けていればそのうち出会うのだろう。 日毎ピッチ毎に目まぐるしく変わる景色や登攀内容は、冬壁というよりも黒部横断に感じた旅の感触が濃くあった。アルパインクライミングにはひょっとすると、この旅の感覚が重要な一つの要素なんじゃないだろうか。


 東西に大きく両手を広げた壁に伸びる一本の稜。その下部は背後の白い南壁とコントラストを作るように黒い壁にいくつか白い筋が入っている。上部で南東稜に合流し、高度を上げるほどキノコが巨大化する様子が、なんだか進化の過程みたいに思ったり。僕らの登ったラインを上空からの写真を見ると、両翼を広げたコンドルの片足の先から肩を通過して背中に乗り込むようにも見える。

そうやって地形を眺めていると、僕らが情熱をぶつけて行ったクライミングという行為は、広大な地表のちょっとした凹凸をなぞっただけということがよく分かる。そしてそれが自分の中で、反ってなんともいえない満足感を生んでいることに気がつく。

もはや初登攀だとか記録だとか、ましてやグレードなんてどうでもよくなる。登ってしまったあとは、それでいいんだと思う。

またどうせ面白そうなクライミング、キレイだと思うラインを探すことになるのだ。


登攀ライン

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