開拓もやもや備忘録
瑞牆で開拓中のルートがある。
「瑞牆クライミングガイド」に載せてもらった「Trainspotting」というルートのすぐ左、顕著なコーナーに目を付けた。名前未定なので、とりあえず「Train左」と呼ぶ。
そもそもはこのコーナーを掃除しようと思って上に回り込んだんだけど、降りる地点を間違えたら偶然Trainspottingのクラックを見つけて開拓の順番が逆になった。
| Trainspotting (photo:Suzuki Takemi) |
Train左のコーナーは全くクラックも見えなかったのでボルトルートになるだろうと思っていた。ボルトはあんまり打ちたくないけど、一応掃除してみてから考えようかなと思いぶら下がると、なんと所々で割れ目があるではないか!
興奮してせっせと通っては掃除を始めた。
Trainspottingと同じく壁一面にびっしり地衣類がはびこっていて、ラインが斜めになってるのでぶら下がってゴシゴシやるのがかなり大変。振られ止めのカムが効く場所も限られていて、振子状態で左右にぶらぶらしながら広範囲で磨く作戦に出てみる。
これがとにかく腰にくるんです。
Trainspottingの時に開拓ってこんな大変なのかと思い知らされたけど、今回改めて面食らってる自分がいる。
| Train左 |
それでもぶら下がってる間は夢中になって時間を忘れる。
毎週末仕事の昼休みに職場を抜け出して(岩場至近の職場では土日3時間の昼休憩があった)、瑞牆に向かう車の中でおにぎりをほおばり、ダッシュでアプローチしてぶら下がっては泥と苔にまみれて時間ギリギリに帰ってくる。
日々少しづつキレイになっていく壁がうれしくて、雨予報だろうが睡魔が襲って来ようがやめられなかった。
そんなワクワクと同時に、いつもモヤモヤが胸にまとわりついていた。
ガバが埋もれた棚に乗ったわずかな土の上に、青々とした苔と緻密に根を張り巡らす小さな木が命を育んでいる。こんな小さな庭園を破壊したくはないが、このままでは登れない。
毎回しばらく逡巡してから、意を決してごっそりと剥がして地上に投げ捨てる。
そのたびに、ああやってしまった、このラインにはそこまでして登る価値があるのだろうか、と思う。
でもここまで苦労してぶら下がって掃除してきたんだし、今さら...とか
きっとまた土に戻って生えてくるだろう、巨大な森という生命体の毛を一本抜いたようなもんだ...とか
それらしい理由をつけて自分を納得させて、また苔の絨毯を剥がしては木の根をハサミで切っていく。
これがモヤモヤ葛藤その1
そうやって壁がきれいになって、いよいよムーブとプロテクションを探ってみる段階になる。
地衣類に覆われていただけあって案の定岩はあまり硬くない。プロテクションはとれるだけとったほうがよさそうだ。といってもそんなにとれないんだけども。
中間部にボルダームーブ、上部にエンデュランス系の核心がある。上部の核心手前でナッツがばっちり決まるスロットがあってそこから6mくらいランナウトしていく。ムーブもある程度固まってやっとリードトライをしてみる勇気が出た。
わざわざこんな所に来てくれたKちゃんのビレイで緊張の初リード。
かじかむ手を首筋で温めながら慎重に下部セクションを進む。ここはプロテクションいまいちで傾斜強くムーブも不安定だが、コーナーをうまく使えばそこまで難しくない。ボルダームーブの第一核心をなんとか越えたものの、ナッツを決めたあとすぐに力尽きてフォール。
予想以上の長い墜落に一瞬ドキッとした。
ロープにぶら下がって見上げると、ナッツを決めていたホールドが吹っ飛んでいるのが見えた。まじかよ...。
割としっかりしてるように見えたホールドだっただけにショックだった。
| 右の岩がナッツと共に飛んだ |
腕はパンパンでメンタルも削られてしまい、今日はTrainspottingにトライしてくれるというKちゃんのビレイに専念することにした。
Trainspottingの内容は、前半は5.11くらいの左上クラックで、水平クラックが合流するところでカムを固めどりしてから見た目より浅い溝を少しランナウトしながらレイバックで登る。途中の薄いフレークにまたカムを決めてフェースの核心に入る。最後はそこまで難しくないけどあまり落ちたくない。ボルトは終了点のみ。
Kちゃんは何度も落ちながら少しずつ果敢に進んでフレークにたどり着き、カムを固めて1,2ムーブ繰り出したところで落ちた。
一瞬何が起きたのかわからなかったが、冬靴くらいのサイズのフレークがKちゃんと一緒に降ってきた。幸いフレークは誰にも当たらず、Kちゃんはグラウンドもせずに済んだけどこれにはまったく肝を冷やした。
| 剥がれたフレーク |
モヤモヤ葛藤その2
こういう岩質があまり良いとは言えない壁をナチュラルプロテクションオンリーで登ろうというのは、非合理的なのだろうか。TrainspottingもTrain左も、ランナウトセクションに1本ボルトを打つだけで精神的に相当リーゾナブルになる。
そもそもどちらのルートもグランドアップで登るにはかなり危ない。実際僕はフィックスロープにぶら下がってさんざんムーブを探った。
しかも上から回り込むのはとても面倒くさいのだ。初めて上からロープを垂らそうとしたときは、尾根を一本回り込んでイライラするシャクナゲの密林を藪漕ぎしてやっと壁の真上にたどり着き、ピンポイントで20m懸垂してはじめてラインがのぞけた(懸垂ポイントを2回間違えて登り返した)。
再登者にもそれを強制するのか?そこまでしてトライしてくれるのか?そもそも再登者のことなんて考えるべきなのか?
開拓なんてどこまでも自分のためだけにやるものだ、と断言したい一方で、この先も登ってくれる人がいないというのはなんとなく寂しいし、この二本のルートのために犠牲になった植物たちが報われないような気もしてしまう。
こんなことをグルグル考えてるといつも思考はカエルムに行き着く。
「カエルム」は十一面奥壁でジャンボさんが開いたボルトレスのルートで、ボールドだけど上からぶら下がらずに登ったことで特別な経験ができた。
そのとき、カエルムがやがて人々に忘れ去られてもただまっさらな自然に帰るだけなんだと思ったのを覚えている。そこには錆びついていく異物は残らない。
それはとにかく爽快で気持ちいいことのように感じられた。
カエルムとは岩の硬さこそ違えど、とりあえず何も埋め込まずに登ってみよう、自分のためだけに登ってみよう、今のところそう思っている。
| カエルム |
そんなことを偉そうに言いつつも、Trainspottingには終了点だからとボルトを打った。
これがモヤモヤ葛藤その3
ルートをもっと上まで伸ばして太い木を終了点にしてもよかったんだけど、そのためにはまた別の植物のかたまりを剥ぎ取る必要があった。そのときはこれ以上命を殺すよりは岩に小さい穴を開けるほうがマシなんじゃないか、と思ってボルトを打つことにした。
はじめてのボルト打ちで、ドリルで穴を開けるときはよく分からない怖さで身震いがした。きれいにアンカーが出来たときには少し誇らしい気持ちにもなったが、後になって本当に必要だったのかと悩んだりもする。
既存のボルトルートをたくさん登ってきたわけだし何をいまさら、と思うかもしれないが実際やってみると理屈じゃないのだ。
逆にTrain左では松の木にスリングを巻いて終了点とした。
尊敬する開拓クライマーは木の終了点は嫌いだと言う。木がかわいそうだし、スリングは定期的に交換しなきゃいけないし、スマートじゃないと。
それでもスリングを回収してしまえばまっさらな自然に戻るという点に心が向いてしまい、とりあえず今のところどうしてもボルトを打つ気になれない。
”とりあえず”、”今のところ”。倫理的な部分にはこればっかだ。
どんな価値観も人それぞれに何通りもあり、そのどれも時代と共に変わっていく。前に進むためには暫定的に答えを出していくしかない。
うじうじ悩みながらもこの壁を登ろうとするのは、どちらのルートにも思い入れがあり、そのムーブに魅了されてるからだと思う。
木や苔を殺したときの気持ちも岩に穴を開けたときの気持ちも忘れないようにしたい。
この初心は開拓を続けていけば多かれ少なかれ薄れていくだろう。そのときこれを読み返して何を思うんだろう。
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