大ヤスリ開拓記 (to be continued...)




 通算して3日目、やっとここまで上がってきたが、残り数メートルが恐ろしく遠く思える。

全体重を支える唯一のスカイフックが軋んでる音が聞こえる。ランナウトには耐えそうもない最後のプロテクションは足元はるか下、カンテの向こう側へ消え、アブミに掛けた脚が無様にガクガクと震えてきた。寒さのせいか恐怖のせいか、もはやどっちでも同じことだ。1秒でも早くこの場所から逃げ出したい。

左を見ると初登のエイドルートに連打されたリングボルトが手の届くところにある。数十分なのか数十秒なのか分からないが悪態を吐きながら逡巡したのち、スリングでリングボルトにバックアップを取ってスカイフックでのローワーダウンを決めた。

ボルトに荷重しなければ、まぁいいんじゃないか。

頭の中にモヤがかかった感覚のまま、ゆっくりとロープを出してもらいビレイ点に戻ってきた。スカイフックは外れなかった。

吐き気のする緊張感から解放されて体の震えがおさまってくると次第に頭がクリアになり、唐突にバットで頭を殴られたような衝撃をもって自己嫌悪に襲われた。

自分がたった今やったことは、ここまで積み重ねてきた努力を水泡に帰す行為だった。目の前に巨大な鏡を突きつけられ、小便漏らして泣きべそかきながら逃げ帰ってきた自分を直視させられたのだ。


2023年の晩秋の瑞牆山。僕ら2人は思いつきで取り付いた大ヤスリのあるラインに夢中になっていた。強点の中のわずかなゆるみに希望を見つけ、拙いエイド技術を総動員して地面から少しずつ登り始めた。1日に数メートルという、文字通り蝸牛並みのスピードでジリジリと進むが、上まで辿り着けるのかはさっぱり分からなかった。それでも1日の終わりには身体はバキバキになり、得も言えないような充実感に満たされていた。

そして3日目、ピークまであと数メートルというところまで来て、リングボルトに手を出してしまった。

リングボルトだろうがフィックスロープだろうが、それにバックアップを取れば安心して戻れるというだけで一歩踏み出す負荷は信じられないくらい軽くなる。次のスカイフックに乗り込めばもう戻れるか分からないという恐怖に打ち勝ちながらここまで地道に登ってきたというのに...。自分の弱さから目を逸せないくらい、あまりにも分かりやすく見せつけられてしまった。

あそこでリングボルトを使わずに落ちると思うと確かに身の毛がよだつ。その先さらに数mはプロテクションが取れない事実もタマを縮ませるには十分だ。フックを掛けた粒子が欠ければ、ビレイ点までの全てのプロテクションは弾けてかなりの墜落になり、足や腕が折れる可能性は高い。でもグラウンドのリスクは低いだろう。死にはしないじゃないか。

このラインには、怪我をするリスクを負うだけの美しさと面白さがあると思っている。それでも実際にそのシチュエーションに飛び込んだ時に覚悟が足りていなかったことに気がついた。

春にまたここへ来た時には、どんな窮地でもリングボルトを無視する覚悟を携えてなければいけない。手脚の一本や二本はくれてやる。そういうクライミングができたら、その時には最高に旨いメシが食えるんだろうなぁ。

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