ペルーアンデス④ 〜巡礼〜
Quitarajuを登って感じた"旅の感触"とはなんだろう。 遠征そのものはもちろん旅と言える。そこには普段と全く違う文化があり、違う言語があり、違う文化と言語を持つ人々がいる。長い時間をかけてペルーまで移動し、しばらく滞在してまた元の生活へ戻っていく。その期間に触れた異文化、出会った人々のおかげで、良くも悪くも旅の前と後で自分が少し変わったような感覚を持つ。 このクライミングでも、アタック前と後で自分の中にちょっとした変化があったような気がする。それは奇怪で大小様々なマッシュルームのせいか、見慣れないアンデスの景色のせいか、あるいは高所でのビバークのせいか。5日間と短いながら、異文化と強く交わって駆け抜けた。異界の中を潜り抜けた感じと言ってもいいかもしれない。そう言うと村上春樹の小説を思い出す。まさに彼の作品を読み終えたときの感覚に似てるかもしれない。 そして羊男のセリフを思い出す。 「踊るんだ。踊り続けるんだ。何故踊るかなんて考えちゃいけない。意味なんてことは考えちゃいけない。意味なんてもともとないんだ」 一日一日は冬壁登攀だが、振り返ってみると僕らが行った行為はクライミングというよりも巡礼に近いような。 日本ではまだ黒部以外で感じたことのなかったこの巡礼感覚は、もしかするとアルパインクライミングの真髄なのか、否か。 巡礼といえば 下山の翌々日、 ABCの残置を自力で回収出来なかったと前に書いたが、そのことで"ルートを登り切った"と言えなくなってしまったように感じている。遍路で最後の一箇所を諦めたような、閉じるべき輪がきちんと閉じなかったような気持ちがある。 あの日は本当に身体が言うことを聞かなかった。2人がピークを踏んで戻ってくるのを、山頂直下で待っていたような気分だ。そして実際のところ、本質的にはそういうことなの かもしれない。 そう思うと、悔しさがじんわりと込み上げてくる。